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東京高等裁判所 昭和60年(ラ)227号 決定 1985年7月12日

抗告人

有限会社はしづめ幸産

右代表者

橋爪幸四郎

主文

一  原決定を取消す。

二  本件を東京地方裁判所に差戻す。

理由

一抗告人は、「原決定を取消す。本件売却を許可する。」との決定を求めた。その理由とするところは別紙のとおりである。

二一件記録によると、原審は本件売却手続を期間入礼に付し、入札期間を昭和六〇年二月二五日から同年三月四日まで、開札期日同年三月一一日午前一一時、売却決定期日同年三月一八日午前一〇時とそれぞれ定め、これを公告したこと、右入札期間内に入札に応じた者は四名いたが、抗告人の入札価額が最高価であつたこと、しかしながら、右入札書には入札人である本人の住所氏名欄に「足立区西伊興町六六番地の六二

有限会社はしづめ幸産 電話(八五七)二六一一」と記載され、押印すべき箇所に「橋爪」なる印が押捺されているだけであり、代理人の住所氏名欄は空白であつたこと、また、右入札書には注意書きとして、「入札人欄には住所氏名(法人の場合は、事務所所在地、名称、代表者名)を明記し、押印をして下さい。代理人によつて入札するときは、代理人の住所氏名を併記して下さい。」と記載されていること、そこで、原裁判所は、右入札書には入札人が法人であるにもかかわらず、事務所所在地、商号の記載しかなく、代表者と同一の姓の印影があるものの代表者の資格、氏名の記載を欠くから、適法な入札があつたものと認めることができないとして、抗告人の右買受けの申出に対し売却不許可決定をしたことが認められる。

しかしながら、一方本件記録によると、右入札書にはいわゆる資格証明書が添付されており、同証明書には商号、本店所在地のほか代表者の資格及び氏名として「代表取締役 橋爪幸四郎」と記載されていて、一見して代表者名が明らかで、前記入札書の記載と右証明書とを併せると、本件の場合「有限会社はしずめ幸産」の代表者である橋爪幸四郎が右会社を代表して入札したものと容易に認定することができるから、前記入札書に不備はあるものの、これをもつて不適法な入札とすることはできないものというべきである(なお、前記入札書の注意書き欄にも法人の代表者名の記載を欠いた場合入札を無効とする旨の記載はない。)。

よつてこれと異なる原決定を取り消し、さらに本件売却を許可すべきかどうかその余の点につき審理が必要と認められるので、本件を原審に差戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官小川昭二郎 裁判官鈴木經夫 裁判官佐藤 康)

理 由 書

一、抗告人は、上記競売事件の開札期日に最高価買受申出人の地位を取得したが、その売却決定期日に於て、売却不許可決定の云い渡しを受けた。

理由は、入札書記載事項に於て、法人である入札人の代表者氏名が脱漏した為と云う。然し、上記理由は、不許可決定とするべき事由には該当しない、と抗告人は確信する。以下、理由を述べる。

二、民事執行規則第三八条、二項には、入札書記載事項が定めてある。その一号にある「入札人の表示」とは、最高裁判所事務総局編「条解民事執行規則」第一六六頁(添付書類①)に於て明確な説明がある。

即ち、「入札人の氏名又は名称及び住所を記載する。入札人とは買受けをする本人のことであり、代理人、代表者は具体的な入札行為の主体とはなりうるが入札人ではない」仮に、代表者氏名が入札書の絶体的記載事項であれば上記引用文中、「名称」の辞句の次、「及び代表者氏名」の辞句が入る筈であるが、それはない。抗告人は、入札時、上記規則第三八条三項に定める「代表者の資格を証する文書」を提出している。その文書によつて代表者の氏名は明らかであり、入札書押印の印影は代表者の姓であり、入札書の不備は充分に補完され得るものと信ずる次第である。因に、深沢利一著「民事執行の実務(上)」の三四三頁別表(三)番号(11)には、同様の趣旨がみられる。(名古屋地裁期間入札手続実施準則・添付書類②)

三、次、入札時の状況を述べる。昭和六〇年三月四日、抗告人は東京地方裁判所執行官室に入札書一式を持参した。抗告人は、建売りを本業とし、不動産競売の手続きなどは余り精通してないので不安があり、念の為、受付の女子事務員及び執行官に入札書を点検してもらい、その上で封をして入札をなした。

不許可決定となる程の重大な不備が入札書に発見されれば、当然「窓口指導」に於て補正されるべきである。それが民事執行法制定の趣旨の一たる、「巾広く買受人を募り、より高額に売却する」ことへの補助となる筈である。

四、そもそも、民事執行法制定の趣旨は、競売不動産の適正価格(より高額な価格)での売却であり、その為に、抗告人の如き、所謂競売ブローカーではない素人の参加を容易にして債権者の権利行使の実効性をより迅速・確実とする、と解されている処、執行裁判所のなした本不許可決定は、上記趣旨に尽く反するものである、と言わざるをえない。

抗告人は、本件競売不動産を、自用の目的で入札したものであり、転売目的ではない。次順位買受申出人の入札価格との差額が約二〇〇万円と云う事実からも推認され得るものと思う。転売を目的としない、即ち、より高額な一般入札希望者を巾広く募るのが新法制定の重大な骨子となつている。

その為に生ずるのであろう、入札手続きに於る入札者の不備は、適正な「窓口指導」に於て是正して然るべきである。

五、入札書の些細な不備により不許可決定をなした事は、次のような弊害を生む。

債権者の債権回収を徒らに遅延せしめ、競売手続費用をふやし、又債務者の残債務が、時の経過により、その遅延損害金を増し、徒らに債権者債務者を苦しめる結果となる。

又、抗告人の如き一般買受申出人の気持とすれば「やはり競売ブローカーに余分の手数料を支払つて買受けをしなければ無理か?」という、考えになり、入札参加の意思減退の基ともなる。依つて、大局を看過して重箱の隅をつつくような、或いは木を見て森をみぬような、執行裁判所の本件不許可の言い渡しの理由は法七一条に該当するとは云えず、速やかに、原判決を取り消し、抗告人に許可決定の言い渡しをして頂き度、ここに執行抗告をする。

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